先日突然、"Ouch!"
どこかに頭をぶつけたようでした。
今までもテレビを見てオウム返しに英単語をしゃべることはありましたが、今回はその単語が使われるべき状況で、彼が自主的に発した初めての言葉でした。
幼稚園ででも見覚えて来るのでしょうか?
最近は、自分がオーストラリアにいるということがすっかり日常になっています。
しかしついこの間、息子を連れて散歩に行って、シドニー郊外の冬晴れの景色の中をとぼとぼと歩く息子の小さな背中を見た時、”ああ、ついにここまで来たんだよなぁ”と感慨を覚えずにはいられませんでした。
思えば遠くへ来たもんだ云々...という中原中也の詩をふと思い出しました。
たいした感慨じゃぁないんですけど。
さすが子供。
以前通っていた日本の学校と制度的に違うもののひとつに宿題があります。前の日本の学校では、毎日宿題が出て、期限はいつも翌日でした。そして週末には余計に出ました。
今のオーストラリアの公立は、宿題はもちろんかなり出ますが、いつも月曜にどんと出て、期限は金曜です。そして週末には出ません。
あと気づいたのは、日本の学校では、◯◯しなさい!とか、これができなければダメ!とか言われてそれが結構プレッシャーになっていたようですが、今の学校ではそんな言われ方はされていないようです。
そんな事柄が、娘の性に合っているのではないでしょうか。
いい学校、そうでない学校、いろいろあると思います。しかしその判断の基準は人それぞれです。一概にこの学校はだめ!とは言えません。
同様に、オーストラリアや日本の学校または教育制度をどう評価するかもまたひとそれぞれ。家のすぐ近所には、これもまた評判のすこぶる高い私立のカレッジ(中、高校)がありますが、それが我が子たちに合っているかはまた別問題です。
でも確かに、まずはそういう評判で判断するしかないということもありますが。
しりきれとんぼ。おいしいラーメンが食べたいっす。
娘の学校生活のお話です。
一般的によく言われることですが、子供にのびのびとした教育を受けさせるためにオーストラリアに来たという話を聞きます。翻っていえば、日本のそれはのびのびとはしていないということでもあります。(もちろんこれは個人の感じ方次第ですが。)
かくいううちの娘も、日本にいた時は学校生活がストレスになっていたようで、「学校行きたくなぁーい!」を連発していました。困ったなぁと思いながらも、よくなだめすかして行かせていたものです。
しかし、人後に落ちずこっちに来てからは、そんなことを一切言わなくなりました。それどころか、今週風邪をひいて学校を休んで、治りかけに今日は学校行くか?と聞いたところ、「行く!」と即答する始末です。
えらい変わりようです。何が違うんでしょうか?
それはともかく、今日はいわゆる小春日和の爽やかな天気でした。でもお日様さえ出れば、初冬の今でも常にこんな感じなのがうれしいです。
午前中は下の子を連れて近くの公園まで散歩、午後は子供たちがゲームに興じている合間Tシャツ一枚でひなたぼっこ&読書を楽しみました。そして夕方からは例によって子供たちの遊びの相手です。
本当いうとせっかくの休みなので、酒でものんでリラックスしてじっくりと体を休めたいのですが、今は週一回しか遊ぶ機会がないので、(子供たちにとって父親と遊ぶ機会が週一回しかないので、)彼らのことを考えてできるだけ相手をすることにしています。
夕方から9時半頃まで、夕食時を除いて彼らの言いなりに遊んでいます。
疲れを知らない子供と遊ぶのは疲れます。でも今のうちにしっかり愛情をかけてあげないと、後でグレてしまったりするので、そのためにも(あー休みたい)と思いながら相撲を取ったり鬼ごっこをしたりしています。
日本にいた時は毎日遊んであげていたのですが、今は週一。彼らが父親と過ごす時間に飢えているのが手に取るように分かります。
のびのびと、元気に育ってほしいです。
でもやっぱりたまの休みはもっとゆっくりしたいぞぉぉぉ
まず、客層が違います。多数を占めるオージー及びチャイニーズの方々、そしてやや少数派の日本人の、どれをメインのターゲットとするかで、献立の立て方が全く違ってきます。
今シドニーで、純和風レストランというのは、今や海岸の砂の数ほどもある和食レストランの中で数えるほどしかありません。
生き残るためには、前出のオージーとチャイニーズを意識したメニュー作りをしないとやって行けないからではないでしょうか。(これは、日本国内の外国レストランが、日本人の味覚や視覚にあわせて料理をアレンジするのと同じ理屈と思います。)
彼らが好むのは、平皿に派手な盛りつけ、凝ったソース、そしていくつかの決まった食材です。
私の勤務しているレストランも、ご多分に漏れず、そういったいわゆるフュージョン系の店です。
これには私もすごぉぉぉく戸惑いました。何と言っても、過去19年間、純和食一本でやってきたのですから。



