子供達が赤ん坊の頃から、好むと好まざるとに関わらず、妻の育児の手伝いをしてきました。おむつ替え、夜泣きの世話や、夜中の授乳、果ては離乳食作り(調理師ですから)など、できることは何でもやりました。幼稚園の頃は、迎えにも行きましたし、仕事の空き時間にもできるだけ一緒に遊んでやっています。
その甲斐あってか、上の子は小学生となった今でも、「パパだーい好き」と言ってくれます。こういうことを書くと親ばかと言われそうですが、まさにその通りです。育児書も色々読みましたが、子供の健やかな成長に大切なのは、やはり親とのスキンシップだと思います。
大多数の父親の方は外で仕事をしておられて、子供さんとの時間が限られていることと思います。そんな中で私は子供達との時間が充分にとれることを幸運と思っています。すごく疲れますけど。
いつかマザーテレサの言葉をまとめた本を読んだのですが、こんなことが書いてありました。
”家の中に愛がないと、子供はそれを求めて家の外に愛を探しに行く”
私なりにこの言葉の意味を考えて見ました。
どうしてもうまく行かないので、私は諦めて、迷子になったらもう割り切って設問を読むことを止めて聞くことに専念することにしました。そしてキーワードと思われる単語または語句を問題用紙の余白に書き留めることにしました。迷子になるのは最後のセクション4の長文の時だけなので、試験終了後に与えられる10分間の解答を記入する時間を利用して、読めなかった設問を読んで、書き取ったメモと対照して解答しようというわけです。
これはまあ一種の賭けです。セクション1〜3の解答を書き写すのに少なくとも3分はかかるでしょう。残りの7分で出来なかった問題を解答できるという保証は、もちろんありません。
でも少なくとも放送は確実に聞けるので、望みはあるわけです。もし迷子になって動揺して一度しか聞けない放送を聞き逃したら、もう解答のしようがありません。
私は幸いにも、聞き取りに専念すればまず100%聞き取れるので、目を慣らして聞き取りに使う神経の比重をできるだけ減らすことが高得点の近道かと思いました。あとはどの程度までなら、放送の内容の詳細を把握しながら同時に目読ができるか、その落とし所を自分なりに掴むことです。放送が簡単であれば、30%程度を目読に割いても内容を全て聞き取れるとは思いますが、例えばセクション4の長文の放送であれば目読に使う神経をもっと減らさなければ放送についていけないかも知れません。
皆さんも経験がお有りと思いますが、目を閉じて聞くことに神経を集中すると、とても良く聞き取ることが出来ます。反対に読書なんかに集中していると目前のテレビの音が耳に入らない、ということがよくあります。その両方が頭に入るように折り合いをつけようというわけです。
リスニングテストは、解説によれば、各セクション前に"Now you have some time before you answer the questions"と説明があり、30秒ほど時間が与えられます。その間に全ての設問と選択肢を読むのは至難の業ですので、やはり放送を聞きながら設問を読むという技術は必要です。セクション1、2のうちはまだ簡単な内容なのでそれも出来るのですが、3、4と難易度が上がるにつれ、聞きながら、設問または選択肢のそれに対応した部分を読む、というのはとても難しいです。
どうしても今設問のどの部分が放送されているのか見失ってしまい、動揺して探しているうちに耳の方が疎かになり、結局放送を聞き逃してしまうのです。
これはまずいです。放送は一回きりなので、本番で聞き逃したら取り返しがつきません。
あとは問題集です。ビデオやDVDを見るなんて悠長なことは言ってられなかったので、とにかく車での移動や空き時間に会話のCDを聞いてました。聞いていたのは、先回書き忘れた、「LIVE FROM LONDON」(The Japan Times)という本付きのCDです。これはなかなか面白いCDで、ロンドン現地で録音したという、色々な会話のパターンの会話集です。本当にライブで録音したらしいのもあれば、明かに原稿を読んでいるものまであります。さらに、話し手もバラエティーに富んでいて、綺麗な発音の人、ぼそぼそと話す人、訛のきつい人など、耳のトレーニングには悪くないと思いました。
問題集は、CDまたはカセットを聞きながら問題に答えるのですが、私にはここで少し困ったことが起こりました。聞き取りは幸いにして問題ないのですが、同時に設問を読むと、どうしても耳の方が疎かになってしまうのです。聞くだけなら100%耳に神経を集中すればいいのですが、同時に設問を読むとなると、何十%かを目の方に割り振らねばなりません。
この割り振り具合がうまく行かなくて、読む方に神経を使い過ぎて放送の一部を聞き逃してしまうのです。
御存じの通り、リスニングテストは30分間放送のテープが流れっぱなしで、それも一回だけです。聞き逃したらそれっきりです。設問を読む時間も与えられますが、各セクション毎に30秒ほどしかありません。
この彼が、まあモテることといったら、毎日とは言いませんが、かなり頻繁に声をかけられていました。その中で特に印象的だったのが、ホテルの宿泊客のインド人のビジネスマン風の男性の話です。ヒデが嘆くには、
「昨日、その男の人がレストランに来て夕食を食べていったんです。そして帰る時に俺にメモみたいなのをくれて、”今夜仕事が終わったら必ず部屋に来いっ”て言うんです。メモ見たらその人の名前と部屋番号が書いてあるんです。でも俺もちろんホモじゃないし、絶対やだったんで行かなかったんです。そしたらその人、また今日来て真面目な顏して、”何で昨日来なかったんだ!”ってすごく怒って、”今日は来いよ”って言うんです・・・どうしたらいいんですか?」
彼に声をかけるのはホモと両刀使いばかり。笑いました。それにしても、私の知っている限り、キーウィ(NZ人)の人は自分がそういう趣味であることを隠しませんでした。上記の人はインド人でしたが、ホテル内で働いているヒデに声をかけてきた同僚たちも、臆することなく声をかけていたようです。
もちろんホモではない私も、ホテルの同僚で誰がホモで誰は両刀使いだとか、だいたい把握していました。私は、そういう人からはただの一回も声をかけてもらえませんでしたが。
1、はじめてのアイエルツ(南雲堂)
2、Insight into IELTS Extra with Answers (Cambridge)
3、PREPARE FOR IELTS
4、O-Level English Compositions の4冊です。
1はアカデミックの受験者に特化したもので、半分くらいしか参考になりませんでした。でも結果的に、実際の試験はこの本の模擬問題が一番近かったと思います。最後まではやりませんでしたが。
2は、じっくり繰返しやるにはいい本です。どういう解答をすればいいのか導いてくれます。
3は、ブリティッシュカウンシルに注文した、CD3枚付きながら¥4,500もする問題集です。
ジェネラルトレーニング専用なのはいいのですが、問題が凝り過ぎているきらいがあります。リスニングテストは5回分の問題があるのですが、最後の5回目を除いて問題が非常に簡単で、私はリスニングテストとはこんなもんかとすっかり油断して、本番ですごく焦りました。CDの音質も良く、実際のテストの音質の悪さとは落差が大きいので、これが出来たからといって油断していると私のようにえらい目にあいます。
そういうわけで。
無事技術査定の申請が終わり、じゃあIELTSの勉強でもするか、となった時にまず考えたことは、限られた時間の中でいかに効率的に勉強するかということでした。試験までの期間は二ヶ月弱です。IELTSと言えど試験である以上、いわゆる受験テクニックも有効であるわけです。努力が間違った方向に行って遠回りにならないために、まず何点取ればスコア6が取れるのか調べて見ました。ここに出ています。http://www.ielts.org/teachersandresearchers/scoreprocessingreportinginterpretation/article231.aspx
ライティングのTask1は、http://www.ielts.org/_lib/pdf/UOBDs_WritingT1.pdf
Task2はhttp://www.ielts.org/_lib/pdf/UOBDs_WritingT2.pdf
スピーキングについては、http://www.ielts.org/_lib/pdf/UOBDs_SpeakingFinal.pdf
を見て頂ければ、どれくらい出来ればスコアがいくつになるのか目安になります。
首尾よく全科目6以上とれれば、計125点、5点台が一つでもあれば120点です。今後パスマークが上がることもあり得るので、5点の余裕は欲しいところです。実を言いますと、試験後、リスニングの出来が良くなかったこともあり、結果が気になって仕事も手につきませんでした。私はもし全科目6以上取れなかったらもう一度受ける覚悟を決めていました。
そして、何も知らない郵便配達人が届けた、ブリティッシュカウンシルからの封筒が遂に私の手の中に。大学受験の合格発表より遥かに緊張します。暫し封筒を眺めて、私は意を決して開封しました。素早く紙面に目を走らせて結果を確認します。
まずは新たな雇用証明の準備です。Cathyの示した見本を日本文に訳さなくてはなりません。
ここで注意すべきことは、提出するのは、オリジナルの日本文を翻訳家が訳したもの(のCertified copy)だということです。従って、翻訳されたものがCathyの見本と同じ英文になるように、日本文を作成しなければなりません。
まあ、雇用証明はシンプルな文章なので、比較的楽にできました。そして出来上がった日本文の文書を見本として、もう一回作成してくれるよう、再び過去の職場と、ホテルの元料理長に送付しました。板前修行をしていた職場には、もう書類作成の理由を隠すわけにもいかず、正直に理由を説明してお願いしました。
そしてその雇用証明が送られてくる間に、宣誓供述書の作成です。この書類が、今回の職業査定のメインをなす書類だと思われます。
翌日、返信が来ました。彼女が言うには、
”貴方の気持は良く分かります。しかしながら、私たちは同じエージェントに属していますが、皆それぞれがベストと思う方法でやっています。その方法は違うけれど、最終的な目的は皆同じです。それは、クライアントのビザがスムーズに認可される、ということです。”
だそうです。
つまり、アドバイザー一人ひとりが独立してやっているということです。私はこの時まで、同じエージェント内であれば、誰がアドバイザーでも受けられるサービスは同じだと信じて疑いませんでした。何か納得いきません。お陰で申請時期がかなり遅れそうです。なんとか年内(2005年)に職業査定の申請ができるかと思っていたのですが、無理みたいです。
#昨日(6月9日)バイトがあって、シフトの都合でまた明日明後日とバイト。寝るのがどうしても午前3時頃になってしまうので、体力的に連チャンはきついです。精神的には問題ありませんが。気合いを入れれば大概の事はなんとかなるものです。
ひとり旅でダーウィンを訪れた時のこと。まあそれにしてもおよそダーウィンという所は僻地というか陸の孤島みたいな所で、シドニーからバスと電車でアデレードまで一日、そこから電車でアリススプリングスまで一日、またそこから北上して多分一日くらい(実際は私は途中キャサリンという町からカカドゥのツアーに参加して、結果迂回したので確かではありませんが)の大陸の北の外れです。海の先はもうパプアニューギニアです。こんな所を開拓して立派な街を作ったイギリス人のパワーには恐れ入ります。
それはそうと、事件は日曜日の朝起こりました。私は海でも見ながらまったりしようかと、一人通りを歩いていました。日曜日なので、メインストリートでも人影はまばらです。
そのうち私はトイレに行きたくなり、前日までに予め確認しておいたビルの裏のトイレに向かいました。時間外や休日の公衆トイレはだいたい施錠されているものですが、ここは入り口にドアもありません。
我慢できなくなってきたので、走ってそのトイレに飛び込みました。あー間に合ったとホッとしながら用を足していると、何やら背後からきな臭い匂いが・・・
程なくしてそれらが送られてきました。見てみると、雇用証明は To whom it may concern で始まるアメリカ式、宣誓供述書は、事実の箇条書きだけではなく、それらと説明文を交えた一種の手紙のような形式でした。この見本は、過去に申請した日本人調理師の物のようでした。
・・・今まで書いた書類の内容は転用できるものの、フォーマットはほとんど全面的にやり直しです。私は雇用証明はイギリス式で作成してましたし、職務経歴の詳細(これを宣誓供述書に転用する)は
Followings are my duties at...
1, To prepare the fish by cutting... のように箇条書きにしてました。
ところが、Cathyの指示では、I prepare...のように全てI を主語にした文章でした。
アドバイザーが変わっただけで何でこんなに違うのでしょう?
まあ、冷静に考えてみれば、雇用証明などはもしかしてそのまま使えるかも知れませんし。
しかし、念のため翻訳料金の見積もりに出していた書類の内、雇用証明一通だけはとりあえず保留にして頂きました。快くOKして頂いて良かったです。
そして数日後、私の新アドバイザーであるCathyから技術査定(TRA)申請に必要な書類のリストと説明がメールされてきました。それによると、
1、雇用証明(勤務期間、勤務時間、役職の記述は必要であるが、会社の社員の構成表などは不要)
2、調理師免許
3、宣誓供述書(Statutory Declaration)
4、レストラン(割烹)のメニュー
5、私の調理した料理の写真
そして、別紙の職務内容の詳細は不要。代わりにそれら全てを宣誓供述書に盛り込むこと。
だそうです。
"Anneは退職しました。つきましては、今後手続きを進める上で、貴方のバックグラウンドなどを知る必要があるので、とりあえず仮にTRA(技術査定機関)の申請用紙に記入してメールして下さい。それを見た上で、貴方のTRAへの申請に必要な書類は何か、追って通知します。今後は私(Cathy)が貴方の専属アドバイザーとなります。"
・・・何ということでしょう。10月半ばからもうすぐ12月になろうかという今日まで、必死に書類を作成してきて、ようやく出来上がり明日にも翻訳をお願いしようかという時になって。また最初からやり直しということなのでしょうか?Anneは何の引き継ぎもしないで会社を去ったのでしょうか?私も彼女のクライアントの一人であった訳だし、辞めるのは仕方ないにしても、その前に何か一言あっても良かったのではないでしょうか。彼女とはそこそこの信頼関係を築いてきたつもりでしたが。
Cathyが言うには、これから私の申請に必要な書類を検討するということですから、これまで一歩一歩進んで来たすごろくで、勝手に誰かがさいころを振ってお前はスタートに戻れ!と言われたような心境です。
・・・なんでこうなるの?


